そこから始まる


あたしがその現場を見てしまったのは本当に偶然で、さあどうしようってのが今の心境。
面倒臭いなぁと思うけど、知らない人じゃないし可哀想だし。
思い切って声をかけた。

「風間くん、大丈夫?」

ゆっくりと涙で濡れた顔を上げる風間くん。
とっても不細工だ。




散歩途中、公園でたまたま見つけた。
カップルの喧嘩を。
なんか知ってる人がいるなと思ったら、男はまさかの風間くんで。
女の罵倒に泣きそうになるのを必死で堪える風間くん。
最後にバチンッと女からの平手打ち。
そのまま肩を上下に動かしながら、女は公園を出て行って、風間くんは力無く側にあるベンチに座り込んだ。




さて、声を掛けたのはいいものの、どうしよう。
面白いからお兄ちゃんに言ってもいいんだけど、なんて考えていると、風間くんがまた顔を伏せてしくしくと啜り泣き始めた。
うわーめんどくさーい。

「泣いたって彼女は戻ってこないよ」

ありきたりな、ベタな慰めだけどきちんとした正論。
でも泣き止まない。
風間くんの隣に座って背中を擦ってあげると、彼は口を開いた。

「向こうから、好きだって…すんっ、告白してきんだ」
「…」
「頭っが良くて、…品があって、やっ、優しくて…か、っこいい、ところが…好きって、彼女が言ったんだ」
「ほうほう」
「褒めてくれたのは嬉しかったし…かっ彼女、可愛いし…付き合うことなって…僕も彼女のことすごく好きになったのに…うぅ」

嗚咽で詰まりながら彼女との馴れ初めを話し出す風間くん。
彼女に平手打ちされた左頬を抑えると、さらに嗚咽が酷くなった気がした。

「ぼ、僕がアニメ見たりするって分かった途端、ひっく‥キモイとかオタクとか罵倒してきて…うっ、大嫌いって…」

そこまで喋って女の子みたいにわーっと泣き出す風間くん。
どーせアニメったって、女の子向けのアニメを見てるのがバレたからだろーな。
普通にジフリとか、デゼニーとかのアニメくらいじゃ女の子は引かないもん。
ほんっと、ダメな人だなぁ。

「風間くんって泣き虫だね」
「うっ、ぐずっ…うー…」

涙というのは不思議なもので、溢れてくるのを抑えようとすればするほど溢れてくる。
風間くんは必至に止まらない涙を拭う。
女々しいなって思った。
確かにフラれるのは辛いけど、あの女にフラれて泣く風間くんが許せなかった。
風間くんにも女にも言えることだけど、釣り合ってない人と付き合うなんて、どうかしてると思う。

「彼女、結構可愛い顔してたね」
「…うん」
「ひまのほうが可愛いけどね」
「…うん」

そこは即答で答えるところだよ、風間くん。
お兄ちゃんが聞いてたら殴られちゃうよ、ああ見えてすごくシスコンだから。
まああたしもブラコンだけど。

「あのさ、風間くん。ひまね、思ったんだけど」
「なに?」

すん、と鼻を鳴らす風間くんにイラッ。
いつまで泣いてんのよ。

「小心者で土壇場に弱くて無駄にプライドが高くて意地っ張りでツンデレでオタクでキザですぐ墓穴掘っちゃう風間くんが、なんであの女の人と付き合おうと思ったの?釣り合わないよ」
「…ひまちゃん」

涙が止まって充血していた風間くんの目から、また涙が溢れてる。
ほらほら泣かない泣かない。
よしよしと小さい子をあやすように背中を大きく撫でると、風間くんは口を一文字に閉じて必至に涙を堪えていた。

「だってね、そんな風間くんに真剣に付き合えるのは、6人だけだよ」
「…誰?」
「マサオくんとボーちゃん、ネネちゃんにお兄ちゃん、シロとひま!…あ、あとあいちゃん?」

そういうと、風間くんは力無く笑った。
何がおかしいの?

「だったら僕は、彼女なんてできないね」
「なんで?」
「僕は僕を理解してくれてる女性を三人しか知らないからさ」
「三人もいるじゃない」
「だって、親友とそれは全然違うよ」

何が違うの。親友でも、理解あるからこそ愛が生まれる場合もあるじゃん。
またちょっと泣きそうになってるし。

「昔はしんのすけのせいで女の子の友達無くして、今は自分のせいで無くして…僕はきっと一生彼女なんてできないんだ…」

ずっと泣き言ばっかり言ってる風間くんにイラッ!
めんどくさい!男のくせにうじうじしちゃって!

「風間くん鬱陶しいよ!そんなメソメソしちゃってさ、めんどくさい!そんな風間くんと付き合える子なんて、本当滅多にいないよ。ひまが付き合ってあげるから、泣かないで!」

一気に捲し上げると泣き止んだ風間くんがポカンとした表情であたしの顔を見た。
あれ?ひまなんか変なこと言ったっけ?
あ、あー…まさかの勢いで告白しちゃった。

「ひ、ひまちゃん?」
「むぅ…ま、いいや。風間くんのこと嫌いじゃないし、ひまが付き合ってあげる。…それともひまじゃ嫌?」

ちょっと意地悪に言えば、風間くんは首を振る。

「じゃ、いいじゃん。オタクでヘタレで弱虫な風間くんに飽きずに付き合えるの、ひましかいないよね♪」

ウインクを送ると風間くんから「ありがとう」って言葉が聞こえた。


end